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福岡高等裁判所 昭和31年(う)1658号 判決

控訴人 被告人 福井毅

検察官 青山良三

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人鳥山忠雄、同副島武之助連名提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

同控訴趣意第一点(イ)について。

原審における鑑定人山田穰、同蓑田五郎作成の各鑑定書、証人渡辺謙太郎、同矢野隆二、同三上敏則の各証言によれば、所論のごとく坑内において岩石に発破孔(深さ約四・五尺)を穿ち火薬(通常ダイナマイト)を装填して発破を行う場合、岩盤の強度、穿孔の順序、位置、角度等の不適、装薬量の寡少その他の原因により、装填火薬は爆発したが岩盤爆破の効果が十分でなく、発破孔がその儘の状態において、或はその孔口が一部破砕した状態において残存する場合を、所謂「鉢を打つ」、「鉄砲を打つ」又は「空発」と称し、この場合においては残存する発破孔(即ち鉢孔)内に火薬が残留しないのを通例とするが、極めて稀有な例外的事例として火薬の一部が不爆に終つて残留する場合があり、しかも「鉢を打つ」ことと火薬の一部残留との間には必ずしも因果関係が存するものでないことが認められる。

又原判決がその理由において、「当時同箇所は被告人の前番者発破係員野瀬治男が発破作業を実施し、その折装填ダイナマイトの一部が不爆に終り爆破不成功に帰し、その穿孔(鉢孔)を残置した儘云々と」判示していることも所論のとおりである。しかし、原判決挙示の証拠によれば右判示のとおり、装填ダイナマイトの一部が不爆に終つていた事実は極めて明らかであり、只被告人において当時該事実を認識していたか否かが被告人の採つた爾後の処置について過失の有無を判断する上に重要な意義を有するものであるが、判文を熟読すれば原判決は被告人が当時右一部不爆の事実を察知していたものと認定したものではなく、被告人に有利な判断をしていることが認められるから、原判決に所論の如き事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

同控訴趣意第一点(ロ)について。

よつて記録を精査するに、原審における証人伊地知甚三(公判及び公判準備期日共)、同寺地末男同渡辺謙太郎の各証言、被告人の司法警察員に対する供述調書によれば、被告人の指揮、監督下にある仕操夫(先山)坂本登が本件事故を惹起した鉢孔附近に穿孔するに際しては、該鉢孔を点検した上これと交錯しないよう約一〇糎を隔てた箇所に穿孔ドリルをかけて作業した事実が窺われる。原判決挙示にかかる坂本登の司法警察員に対する供述調書によつては未だ以て論旨摘示の如き原判示事実を認め難いのみならず、該調書は前後に矛盾撞着があり又経験則に副わないところがあつて前掲各証拠に対比し措信し難い。然るに原審が該供述調書により坂本登がドリルを同作業箇所の盤際右端の鉢孔に繰り入れた事実を認定したのは証拠の判断を誤り判決に影響を及ぼすべき事実を誤認したものにして原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

同控訴趣意第二点(イ)(ロ)及び第三点(ニ)について、

石炭鉱山保安規則第一九〇条は「不発」と題してその第一項に、装填された火薬類が点火後爆発しないとき、又はその爆発の確認が困難であるときは、当該発破係員は左の各号(危険防止の処置)の規定を守らなければならない旨規定し、同第一九一条第一項は、装填された火薬類が不発のときは、当該発破係員は第一、二号、第四、五号の方法により不発火薬類を回収する処置を構じなければならない旨及び同第二第三項は、不発火薬類を回収することが出来ない場合に採るべき処置について詳細規定している。従つて右各条項を比較検討すれば、右第一九一条第一項所定の「火薬類の不発」とは、即ち装填された火薬類が点火後全く爆発しないでその儘残留しているとき、又は爆音その他の状況よりして爆発したのを確認することが困難であるため、装填された火薬類の全部又は一部が爆発しないで残留することにつき相当の蓋然性を有するときと解するを相当とする。ところが所謂「鉢を打つた」場合においては上来説示のごとく発破孔即ち鉢孔は残存しているけれども、装填された火薬類は爆発して孔内に残留しないのを通例とし、極めて稀有の例外的事例として火薬の一部残留することがあるに過ぎないのであつて、この場合においては通常一部火薬の残留の蓋然性は極めて微少と謂うべきであるから、所謂「鉢を打つた」場合は同規則第一九一条第一項の「火薬類の不発」に該当するものでなく、従つて同条各項の適用外にあるものと解するのが相当である。尤も発破係員は発破後においては同規則第一九二条第一項第一号に従い危険の有無につき鉢孔を検査すべく、その結果万一火薬の一部が残留し又はこれを推測すべき情況にあることを認めたときは、右不発の場合に準じて同第一九一条各項の規定に従つて処置すべきことは、坑内保安の万全を期するため発破孔内に残留する火薬類の回収等について詳細規定した同条項の趣旨に照らして蓋し疑を容れないところである。ところで、原判決が所謂「鉢を打つた」場合をもなお同条の「火薬類の不発」に該当するものと解し、しかも鉢孔を生ぜしめた当該発破係員でない次番の発破係員たる被告人に対し、鉢孔を検査すべき義務ありとした上、火薬が残留しないと認めた場合においてまでも同条第一項第一号に従つて穿孔すべき業務上の注意義務があるものと認めたのは、判決に影響を及ぼすべき法令の解釈、適用を誤つた違法があるものと謂うべく、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

同控訴趣意第二点(ハ)及び第三点(イ)(ロ)(ハ)(ホ)について。

所謂「鉢を打つた」場合については石炭鉱山保安規則に直接規定するところがないことは所論のとおりである。けれども、それだからといつて爾後の発破作業に際し、鉢孔の存在を無視しこれについて何等の注意を要しないものと速断すべきでない。而して原審における鑑定人山田穰、同蓑田五郎作成の各鑑定書、証人渡辺謙太郎、同三上敏則及び同矢野隆二の各証言並びに当審受命裁判官の証人矢野隆二に対する尋問調書によれば、「鉢を打つた」場合残存する鉢孔には極めて稀有な事例ではあるが火薬の一部残留することがあり、しかも該残留火薬は爾後の検査によりこれを発見することは容易でない場合が多く、且つ若しこれに穿孔ドリルを接触すれば爆発の虞があつて万一の危険なきを保し難い事実を認め得るから、該事実に前記各証拠を参酌して考察すれば、坑内発破係員は所謂「鉢を打つた」場合には、石炭鉱山保安規則第一九二条第一項第一号に従い適当な方法を以て危険の有無につき鉢孔を検査し、一部火薬の残留を認め又はこれを推測すべき情況にあることを認めたときは、同第一九一条各項の規定に従つて火薬回収等の処置を構ずべきは勿論であるが、残留火薬がないと認めた場合においても、作業時間の都合により該鉢孔を残置した儘昇坑したときは、鉢孔の在る岩盤、鉢孔の箇数、位置、危険の有無を次番の発破係員に引継ぎ、以て同係員に対し鉢孔につき詳細認識を与えてその発破作業を安全且つ容易ならしめ、同係員の右作業に際し鉢孔内に万一残留することのあるべき火薬の爆発することを未然に防止すべき業務上の注意義務があるものと謂うべく、又次番に当る発破係員は右鉢孔の存在する岩盤に発破孔を穿鑿する場合は、附近に鉢孔の有無を調査し、且つ若し鉢孔を認めたときは該鉢孔(通常深さ約四、五尺)の方向を確かめてこれに発破孔が交錯しない程度の間隔を保つて穿孔し、以て鉢孔内に万一残留することのあるべき火薬に穿孔ドリルが接触して爆発を起すことのないよう注意すべき業務上の義務があるものと謂わねばならない。尤もこの場合次番に当る発破係員が穿孔するに際し、更に自ら残留火薬の有無につき鉢孔を検査することは危険防止のため万全の注意を尽す趣旨において当を得た措置であるけれども、右鉢孔については自らこれを生ぜしめ、しかも爆音その他当時の状況を現認して残留火薬の有無を検査するのに最も適した当該発破係員に対しこれが検査とその引継の義務を認める以上、鉢孔を生ぜしめた者でない、しかも適確なる検査をなすべき資料において当該発破係員に劣つている次番の破発係員に対してまでも、前記検査義務を負わしめることは特別の事情がない限り必要がないものと解するのが相当である。而して原判決挙示の証拠によれば、被告人の前番に当る発破係員野瀬治男は昭和二九年一月一三日午後一一時頃より翌一四日午前七時三〇分頃までの間、長崎県西彼杵郡崎戸町三菱崎戸鉱業所一坑口内西卸左先第五ポケツト風道昇において発破作業に従事中鉢孔を生ぜしめ、しかも担当時間切れにより五個の鉢孔を残置した儘昇坑したが、鉢孔の箇数、位置等につき引継をしなかつたため、次番の発破係員たる被告人は右野瀬が同所において鉢孔を生ぜしめたことのみを聞知してその詳細を知らずに入坑し、午前一一時過頃発破作業を開始した事実が認められる。そこで被告人が穿孔に際して施した措置につき検討するに、原審における鑑定人山田穰、同蓑田五郎作成の各鑑定書、証人渡辺謙太郎、同矢野隆二、同三上敏則、同伊地知甚三、同寺地末男の各証言、当審受命裁判官の証人矢野隆二に対する尋問調書、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書、司法警察員作成の実況見分調書、原裁判所の検証調書を綜合すれば、被告人は仕操夫(先山)坂本登、同(後山)伊地知甚三、同寺地末男、同本多邦雄を指揮監督して前記箇所の岩盤に穿孔するに際し、附近に鉢孔の有無を調査し三個の鉢孔を認めたので、何れも孔内を検査した上約一〇糎を隔てた箇所に穿孔せしめて合計一一個を穿孔した事実及び一二個目の穿孔に際しては本件事故発生の鉢孔が落盤に蔽われていたため自らはこれを認め得なかつたが、仕操夫(先山)坂本登においてこれを発見して検査した上約一〇糎の間隔を保つて穿孔作業に従事中、穿孔ドリルが残留火薬に接触して爆発した事実、しかも右火薬は鉢孔附近に生じていた岩盤の亀裂内に流入して残留していたものではないかとの疑が多分に存する事実が認められ、鉢孔内にその儘残留せる火薬に穿孔ドリルが接触した事実は未だ以て確認し難い。以上認め得べき各事実に徴すれば、被告人は鉢孔のある岩盤に穿孔するに際し前叙の如き業務上必要な注意義務を怠つたものとは速断し難く、記録を精査するも被告人に前記注意義務の懈怠あることを確認すべき資料は存しない。然るに原審が挙示の証拠により原判示事実を認定して被告人に業務上の注意義務を怠つた過失があるものと断定したのは、法令の解釈、適用を誤り、且つ事実認定を誤つた違法があるものと謂うべく、しかも該違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

そこで刑事訴訟法第三九七条第一項に則り原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い更に判決する。

本件公訴事実の要旨は、被告人は長崎県西彼杵郡崎戸町所在三菱崎戸鉱業所に発破係員として勤務して居る者なるところ、昭和二九年一月一四日午前一一時一〇分頃担当箇所である同鉱業所一坑口内西卸第五ポケツト風道昇において坑員を指揮監督して発破の業務に従事するに際し、同箇所には被告人の前番の発破係員である野瀬治男が不完全な爆破に終つた穿孔があり、危険であることを右鉱業所技師佐藤寅太郎から聞知して居たのに拘らず、危険なきものと軽信して同所においてドリルを以て穿孔作業に従事中の坑員に対し指揮監督をなさなかつた業務上の不注意により作業中のドリルの尖端を右不完全爆破に因る残留ダイナマイトに接触せしめて爆発させ、因つて同作業に従事中の坑員本多邦雄に対し両眼、前額部に全治四週間を要する爆傷を、坂本登に対し前額部、右肘部等に全治一三日間を要する挫傷を、寺地末男に対し右前腕部に全治二日間を要する擦過傷を、伊地知甚三に対し前額部に全治一〇日間を要する挫傷を蒙らしめたと謂うに在るが、論旨第二点(ハ)及び第三点(イ)(ロ)(ハ)(ホ)に対する判断において説明したとおり被告人に過失を認むべき確証がなく、結局本件は犯罪の証明がないものとして刑事訴訟法第三三六条に則り無罪の言渡をなすべきものとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井亮 裁判官 中村荘十郎 裁判官 尾崎力男)

弁護人鳥山忠雄及び副島武之助の控訴趣意

第一点原審判決は其理由に於て判決に影響を及ぼすことが明かな事実の誤認がある。

(イ) 原審判決理由に「当時同箇所は被告人の前番者発破係員野勢治男が発破作業を実施し、その折装填ダイナマイトの一部が不爆に終り爆破不成功に帰しその穿孔鉢穴を残置した儘担当時間切れにより作業を中止した箇所であり云々」と事実を認定しているが右は重大な事実の誤認である。即ち検察官の起訴事実には「掘進作業の為めダイナマイトを装填して発破の業務に従事するに際り同箇所において被告人の前番の発破係員である野瀬治男が不完全な爆破に終つた穿孔があり云々」とあるを殊更に「装填ダイナマイトの一部が不爆に終り爆破不成功に帰しその穿孔鉢穴を残置した」と事実を陳べてある。原審判決に於て右の様な事実の誤認に由つて来る所は火薬の爆発と其の効果である爆破との観念がなかつた事に帰するのであつて、検察官は炭礦に於て所謂「鉢を打つ」ことを単に「不完全な爆破」と云つている所を原判決ではわざわざ「ダイナマイトの一部不爆に終り爆破不成功に帰し」として爆発と爆破が常に同量の火薬により同量の爆破と云う即ち同量効果的関係にあることを観念している所に誤がある。従つて茲に爆発、爆破「鉢打つ」の関係について一言触るれば爆発は火薬に点火されて破裂(化学的変化)を生じ、火薬が爆発して目的物を破壊することが爆破であつて爆発があれば爆薬相当の爆破効果を伴うのを普通とするが爆発(勿論完全爆発)があつても必ずしも爆破が完全に起るとは限らない。又雷管、火薬に点火しても爆発しない場合を不発と云い、一部爆発はしたが完全な爆発しなかつた場合を不完全爆発と云う――これは不発に入る――茲に完全爆発はしたが爆破効果が不充分の場合がある。これを炭礦に於て所謂「鉢を打つ」とか「空発」とか「鉄砲を打つ」とか言うのであつて截然、不完全爆発や不発(不爆)とは区別せねばならない。不完全爆発や不発の場合は必ず爆薬が残留する。而し「鉢打つた」場合は完全爆発であつて残留を存しないのが原則であります((調書中、山田穰博士(九大学長)鑑定、簑田五郎(通産省石炭局技官)鑑定、渡辺謙太郎昭和二九年七月二十四日供述調書、第二回公判証人矢野隆二、渡辺謙太郎調書、第三回公判証人三上敏則調書))。「鉢」の起る理由は岩盤の強弱、込物の具合、火薬の過、不足等諸種の不釣合な場合に生ずるものであつて、原審が警察官(警部補)江島十郎作成の実況見分調書中『現場技師佐藤寅太郎より「ハチ」(一部不発)を打つてマイトが効かなかつたので確かりやつて呉れ』とある記載よりして「ハチ」即ち「不爆」「不発」と見ることは全く学術上及び実験上の無知識の然らしむる所で前記鑑定に基かない勝手な素人認定と云われても仕方ありません。又昭和二十九年七月十二日野瀬治男の供述中「一ケ所も爆発致しませんでした」とあるのを其儘判示事実とするのも実質的真実をかけはなれ前同様の批判を受けても止むを得ない。此の「鉢」に対する鑑定書にも学問上の知識にも基かないで「鉢」を起訴状にもない「不爆」(不発の一種)と頭初から定めて起論した所に危険があり又判決に影響を及ぼす事実の誤認の第一歩があります(証拠前記同様)。

(ロ) 次に原審判決は「作業員(先山)坂元登がドリルを同作業箇所の盤際右端の「鉢穴」に繰入れドリルの尖端が右「鉢穴」に残留していたダイナマイトに接触して爆破し為めにその破片が作業中の鉱員である云々」との事実を認めている右は

(1)  「作業員がドリルを作業箇所の盤際の「鉢穴」に繰入た」旨の認定は全く証拠に基かず勝手な認定であつて却つて左記証人の証言では「旧鉢穴」に十糎の間隔を以て平行にドリルを進めて旧鉢穴には入つていない。ドリルが旧穴に入ればズルツとは入つてすぐ判るが左様なことは全くなかつたと証言し之に反する証拠は無い(証人伊知地甚三の証言、証人寺地末雄の証言、証人本多邦雄の証言)

(2)  「ダイナマイトに接触して爆破し」と判示しているが、ここに於ても爆発と爆破を誤つているので原審裁判所は爆発と爆破の区別が全く判らず従つて「鉢打つ」の観念も全く無いまま事実を認定した。

右(1) (2) に於ての事実の誤認も亦判決に影響を及ぼす重大な事実の誤認であります。

第二点原判決は法令の解釈及適用を誤つて判決に影響を及ぼすことが明かな違法がある。

(イ) 石炭鉱業上火薬取扱に対しては法規上特に厳重に取扱つている。即ち石炭鉱山保安規則第一九一条第一項に於て其の危険を特に考慮し「不発」のあつた場合又は事故のあつた場合は其の状況を充分知悉する其の事故発生の係員に於て後始末をつけることを規定し(――規定――装てんされた火薬類が不発のときは、当該発破係員は長孔発破以外の発破のときは第一号から第三号までの規定の一により、長孔発破のときは第二号から第五号までの規定により処置しなければならない)若し時間の関係上右処置することが出来ない止むを得ない時は事故発生の場所に於て後番の係員に其の部位程度間を指示して引継ぐことを要するのであります(規定――同条第三項――当該発破係員は特別の事由があつて第一項の処置をすることができないときは、これを当該装てん箇所に於て、交替者に引き継ぎまたは不発孔を明示し、かつさく囲等により次の作業時間の作業に危険がないようにして交替者に引き継ぐことができる)。然るに本件に於ては前方係員野勢治男は前陳の様な重責あるにかかわらず右善後処置もなさず又其の場所に於て其の箇所の指示をして引継もしなかつたので本件事故が発生した(証人野勢治男証言及証人佐藤寅太郎証言)。後番である被告人が本件鉢穴がボタで蔽はれて発見出来なかつたのも引継不充分の為で原判決に「被告人に於てもその穿孔の位置、状況を確めた上、その穿孔に込棒を挿入するか、キヤツプランプを照明する等火薬の残留するや否やを検査し残留火薬の疑があるときはゴムホースによる水流し、圧縮空気による込物等の流出処置を構じ」と判示しているが此点についても「不発」に関する不明よりして本件に対する法規(石炭鉱山保安規則第一九一条第一項第三項)の適用を誤り被告に責任を転嫁しているし

(ロ) 又原判決は「火薬が存在しないと思料したときに於ても猶その穿孔より尠くとも四十糎以上の間隔を保つて新たにその穿孔と平行に穿孔し絶対にその穿孔を繰込むことなきよう作業する業務上当然の注意義務があるにも拘らず」と判示して被告人の責任を加重しているが判示の通りとせば『「不発」たると否とに拘らず再穿孔するときは』等と法定すべきを明に「不発」の場合に極限し石炭鉱山保安規則第一九一条第一項第一号は「不発の場合に於て旧孔より四十糎以上を隔てて旧孔に平行に穿孔せねばならない」と特定してあるので「鉢」の様に完全爆発(爆破効果は不充分でも)の場合――仮りに本件の様に極めて稀に見る爆薬が岩石の亀裂に入つていた場合があつたにせよ――四十糎の間隔を置く必要がないことは法規上明かで、之につき本件に於て旧孔より十糎の間隔を置いて穿孔し、たまたまドリルの尖端が亀裂に入つていた火薬の残留に触れて爆発したからと云つて「不発」でない場合殊に鉢打つたとは云へ完爆の場合に尚旧孔より四十糎以上を隔てなくてはいけないとの判示は石炭鉱山保安規則第一九一条第一項第一号の解釈及適用を誤り判決に影響を及ぼすことが明かであると云はねばならない。

(ハ) 又本件の「鉢打つ」た場合残留マイトが岩石の亀裂に入つていたと想定される場合――右想定以外考へられない場合――(証人渡辺謙太郎、被告人の昭和二十九年七月十二日供述調書第六項及鑑定人山田穰の鑑定)何人も外部より発見出来ない(証人矢野隆二の証言、鑑定人山田穰博士の鑑定)ので原審に於て弁護人が主張した期待不可能の論は原判決では排斥されましたが本件の場合は全く之に合致し期待不可能の理に基き犯意がないものとして処断さるべきものと信じます。原審判決に於て九大学長山田穰の鑑定、石炭局簑田五郎の鑑定、証人矢野隆二の証言等の証拠を無視し右期待不可能の論を排斥したのは之全く法理の解釈を誤り其適用を誤つて判決を誤つたもので原判決は破棄を免れないと信じます。更に御庁に対し証拠申立をします。裁判所に於て適当な鑑定人御選任の上 (イ)火薬につき炭鉱に於て所謂「鉢打つ」と云ふことと石炭鉱山保安規則第一九一条の「不発」とは同一なりや或は同一視すべきや (ロ)「鉢打つ」た場合にも石炭鉱山保安規則第一九一条第一項第一号乃至第五号の適用すべきやにつき鑑定を命ぜられ度く申請致します。右鑑定人としては九州大学学長山田穰博士は専門家でありますから適当と存じます。

第三点原判決は左記の通り事実の認定に誤りを犯し延いて判決を不当として居る。即ち

原判決の記するところによると被告人が「穿孔鉢穴の残置して居る事をつよく承知して居た」としその事より被告人は前番者の負担する引継の処置如何に不拘それとは独立した個有の義務を負ふものであるとして居る。その義務の第一は「その(被告人がつよく承知して居た鉢穴の意と解する)穿孔の位置状況を確めた上その穿孔に込棒を押入するかキヤツプランプを照射する等火薬の残留するや否やを検査し残留火薬の疑があるときにはゴムホースによる水流し圧縮空気による込物等の流出の処置を構ずる事」でありその第二は「鉢穴に火薬が存在しないと思料したときに於ても猶その穿孔より尠くとも四十糎以上の間隔を保つてその穿孔と平行に穿孔し絶対にその穿孔を繰り込むことなきやう作業する」事であり第三は「作業員に対し保安上必要な指示や注意を与えその為の作業現場を離れずに作業員を監視する」事である。

(イ) 右の中第一の義務に付いて先づ検討する。野瀬、佐藤等の証言(原審法廷の)に鑑み被告人の前番者たる野瀬が鉢を打ちその事を被告人が「つよく承知」して居たとする事については勿論異議をさしはさむものではない。然しこの一事だけでは被告人に法規上何等の義務を生ずるものではなく右第一の義務に付いても同様である。鉢を打ちもし孔中に装填されたマイトに付いて石炭鉱山保安規則第百九十一条所定の条件を充すに至つた場合即ち不発のときに於ける其回収其他の処置の第一次的義務は当該係員の負担であつてもし当該係員に其処置を構じ得ない事由が生じた場合はその旨を交替者に引継ぐ事を要しその事は同条五号の三の明に規定するところである。即ち右の法規は危険に対する第一次の保安処置を凡て当該係員の義務としてその履行により危険無き安全の状態を現出せしめたる上引継が行はれる事を念願しこれを原則としてもし危険あるまま引継を行はなければならない場合はそのときのみに限りその旨の引継を為す事を要するものとして居るのである。然らば之れを後番者から見るときは同条第五号の三の引継処置がない場合は前番者に於て仮令鉢を打つていやうとまた現場に鉢穴が残置して居やうと総てそれらに対し前番者が法規上要求される保安処置を適当に構じその結果安全な状態と為つて引渡されているものと考へてよいわけである。引継に当り特に同条第五号の三の手続が行はれて居ない場合他に特に危険の旨を知りうる事情無き限り安全なものの引継と考える事は同規定上当然の事である。その事は鉢を打つた事乃至鉢穴の残置する事を「つよく承知」する事によつて何等の消長をきたすものではない。而して本件の場合被告人は佐藤乃至野瀬らから勿論鉢を打つた事に付いては明瞭に指示があつたがその指示はその程度に止り右法条第五号の三の引継の趣旨に出たものでもなく又鉢を打つて鉢穴が存置しその鉢穴が危険なる事を指示したものでもない。

従つて被告人は存置する鉢穴の危険なる事を知るに由なくもし然りとすれば其鉢穴に対しては前番者に於て適当の処置を構じた結果何等危険なきものと信じて自己の作業に着手しても差支へないわけである。果して然りとすれば鉢穴を「つよく承知」して居たと云う事だけでは何等判決の云う如き義務を生ずる筈はなくその事は右第一義務のみならず第二第三の義務に付いても同様なのである。然るに原判決は鉢穴を生じた場合法規上当該係員のみに負はしめて居る法定の義務を当該係員と並立し交替者へも負はしめんとしたものであつてその事は明に判決の結果を左右する法規の不当適用と云わざるを得ないのである。

(ロ) さて以上の通り前番者が鉢を打つた事を被告人が「つよく承知」して居た点は一応認めざるを得ないだろう。然し被告人が本件の鉢穴(事故発生の)迄を認識して居たと云う点は認める事が出来ない。即ち被告人が本件の鉢穴を「つよく承知した居た」と云う如きは本件の証拠に徴し否定せざるを得ないのである。勿論被告人は鉢を打つた事に付いては以上認定の通り指示を受けている。然し鉢を打つて存置する鉢穴の数と位置とに付いては何人よりも何等の申送り乃至指示を受けていないのである。その事は右程度以上に出ない佐藤の証言からも野瀬の証言及被告人の供述からも明瞭と信ずる。そうして考えると被告人が「つよく承知」して居たとする対象は鉢を打ち精々鉢穴があると云う事だけであつてその中には鉢穴の数も位置も全然ふくまれて居ないのである。従つて被告人として現認無き本件の鉢穴の存在を知る由はない。而してその認識無きは被告人が現場に有付く迄そうであるばかりでなく到着後三ケの鉢穴を現認しそれに対し適当の点検処置を構じた後に於ても(勿論それら確認の鉢穴に対し「つよく承知した」と云う事は出来るが)同様と云うべきである。然るに判決は本件の鉢穴を被告人が「つよく承知」し乍ら作業を命じたと云つて居る。かくの如く認定するに至つた原因なるものはおそらく被告人の左記の供述によるものと考えられる。即ち「問、被告人は検察庁で取調べを受けた際「五六ケ所の鉢穴があるのを知つて居て三ケ所丈け検査し後の二ケ所は検査しなかつた」と述べて居るがこの点どうか。答、その通りであります。問、検査しなかつた二ケ所の「鉢穴」の位置は知つていたか。答、知つて居ました。問、事故のあつた穴に付いては「鉢穴」がここにあるからここに穴をくれと云つて指示した事はないか。答、この附近に穴をくれと云つて指示しました」以上である。勿論右の供述をみると文理的にはその意が極めて明白の様であるがこれによつて直ちに事故発生前本件の旧孔尻の存在を被告人が知つて居たと解する事はいささか早計に失すると思う。寧ろ右の供述の真実は左記の事情に徴するとき被告人の誤想の表現と考えるのが適当と信ずるのである。本件の事故穴は地上約五寸程度の下部にありそれに岩石片(硬)が堆積され不明と為つて居たものをかきわけた結果発見されたものであり(被告人の供述及伊地知甚三の其旨の証言による)被告人はかかる場所に穿孔を命じたのである。即ち鉢穴そのものは坂本らの落硬の除去によつて初めて判明したとは云え被告人はその現況を現認しその附近に穿孔を命じたのである、とすればその命ずるに当り被告人が同個所にひよつとして鉢穴がありはしないかと一瞬想像に及ぶ事情たる事は想像にかたくない。然るに知らずして命じたとは云えその個所に真実古穴が存在して居りそれが原因と為つて本件の事故が発生するに至つたのである。被告人はその重大なる結果をみせつけられ之れに右の想像の廻想が加り一時如何にも事前に鉢穴の存在を知るものの如き誤想するに至り右の供述はその誤想のまま表現されたものとみるのが正しいと思うのである。被告人は前述の通り鉢穴の数と位置とを全く知らずこれよりすれば本件の鉢穴を知る由がないのである。然るに被告人の供述として右の如きものが行はれたとすればその真意は右の通り誤想とみるのが正しく従つてかかる供述により直ちに被告人が明瞭に事前に本件の鉢穴を知るものと認定する事は甚敷く不当と云わざるを得ない。右の通り被告人は本件の鉢穴を「承知」なきものであつた。そしてその「承知」なきは自ら落硬の処理を行はなかつた事による。落硬を自ら除去すれば鉢穴の発見が可能であつたかも知れないのである。然らば鉢穴の「承知」なきは被告人として為すべきを為ざざる結果と考へうる余地はあろう、とみればここに被告人の過失の有無を問題とする事は可能だろう。然し原審の記述をみると此点に全く触れて居ないのである。この点を不問にしている。この点を不問と為す以上本件は前説示の如き理由によりあく迄被告人が鉢穴の認識なくして穿孔を命じた事案として検討さるべきものと信ずる。然るに判決は被告人が鉢穴を「つよく承知」して居た事を前提として右第一の義務を要求して居る。果してそうだとすると判決は事実の認定を誤るものであつてその結果理由にそごを生じたものと云わざるを得ない。

(ハ) 次に鉢穴の認識がある場合を考えて見やう、本件の事故前に鉢穴がある事は被告人がつよく承知して居たとしても法律上特別の義務の生じない事は前段認定の通りである。然し被告人としてはもし鉢穴の存在を知つて居たとすればおそらく何を措いても岩石片を取り払つてこれを確認し他の鉢穴に対すると同様適当な残留マイトの確認の方法を構じた事と想像する。然るに本件の事故実情をつぶさに検討すると仮に被告人が判決の要求する通りの処置を履行したとしても結局残留マイトの発見は不可能に帰し延いて事故の発生を未然に防ぐと云う事も不能に了つたものと理解されるのである。もし然りとすれば本件の事故は被告人が鉢穴確認の方法をとらなかつた事に起因するものではなく従つて被告人は事故に対し何等責を負う余地がないのである。扨此の点を本件の実状に照し検討しやう。先づ被告人は事故個所を覆う落硬の取去作業を行うだらう。其作業は前述の通り容易であり又除去した後は同所に鉢穴が存在する事は一目瞭然だらう。そこで次は残留マイトの確認処置を構ずる事だが被告人は直前他の鉢穴に対してキヤツプランプを照射する等適当の方法をとつて居るのでそれと同様の方法が構じられるものと想像してよい。そうした場合被告人はそこに果して残留マイトを発見出来たらうか。この鉢穴に対しては「坂本が穿孔作業直前落硬を除去して確認し然る上鶴はしの柄を以て点検して異状なしとして居る(伊地知甚三の原審法廷に於ける証言)そこで被告人が右の処置を構じた場合も之れと同様の結果と為るものと考へてよいと思うのである。(尚野瀬の原審法廷の証言によつて全部の鉢穴に対し木製の込棒で鉢穴を突いてみたところ三尺乃至四尺入り其奥がざくざくしている事が確認され充分点検したが残留マイトを発見する事が出来ぬ」とありその全部中に本件の鉢穴もふくまれて居たがその後の落硬の為覆はれて不明と為つたものと考へられる点をここに付け加へて置く)即ち被告人が鉢穴を確認して判決要求の如き保安処置を構じて居たとしても結局被告人が残留マイトを確認する事が出来ないと云う結果に了る事が考へられるのである。而も本件に於ては「前の穿孔の岩尖に近い所でダイナマイトの装てん部分に当る処にその孔を横断した岩石の裂目」(検察事務官作成の渡辺謙太郎の供述だが本件では亀裂の存在に付いて野瀬以下の証言にも同様の証言が多々ある)が事故後調査の結果判明して居るのである。そこで以上二者の実情を彼此綜合して考へて見ると本件の事故の原因と為つた残留マイトは結局右の亀裂内に飛存して居たものと断定せざるを得ない。果してそうだとすると結局判決所定の義務を履行したとしてもその発見は不能に帰する結果と為る(亀裂内の飛存マイトの発見が殆んど不能の点に付いては山田穰の鑑定書その他の関係証人の証言により明認する)然らば判決の云う被告人の義務の不履行は結局事故の発生に対して何等原因と為るものではなくこれを原因とみて責任を問う原審の判決は不当と云わざるを得ない。

(ニ) 原判決は次に右第二の義務を要求している。而して判決の記述の仕方からみて此義務は字義通り火薬が存在しないと思料した場合と解する。即ち前段(第一)の義務の履行がありその結果火薬が存在しないと解する場合を前提とするものである。そうだとすると係員は自らつくすべきをつくしその結果マイトの無事を確信した場合に於ても尚且旧孔尻より四十糎の間隔を置いて穿孔し又は穿孔せしめなければならないこととなり控訴人は其理由を知るに苦しむのである。四十糎の間隔の要求は石炭鉱山保安規則第百九十一条の規定に根拠を置くものと解する。同規定はマイトが不発のときと云つて居る。同条が少くとも残留マイトの存在する場合の規定である事は一点の疑のないところである。従つて同条が本件の場合の如くマイトの存在しない場合に適用を生ずる余地はない筈である。是れを判決使用の字句を以て云えば不発マイトがあるときは不発マイトがありと思料した場合に該当する。従つて不発マイトがないと思料した場合に本条の適用を生ずる余地のない事は洵に明白と云わざるを得ない。従つて判決が本件を規則第百九十一条の場合と同様にみて四十糎の間隔を要求して居るのは全く理由のないところである。おそらく判決の真意は残留マイトなしと思料した場合と雖も現実にとつた確認の手段方法に付いて厳格に云い不注意なしと断定する事は不可能なので残留マイトが絶対にないと云い切る事はあり得ない。そこで其前提のもとに即ち旧穿孔がある以上常にマイト残留の危険ありとし残留マイトの存置すると思料する場合と同様の注意を必要とすると云う見地に立つものだらう。然し既に右の如く確認手段を尽して残留マイト無しと思料した場合を前提とし乍ら尚且残留マイトある場合と同様の要求をすることは自らとつた前提を否定するものとして明に不当と云わざるを得ない。こうして考へると四十糎の間隔を置いて新穿孔を選定しなければならない義務はいづれよりするも生ずる余地がなく此点に関する原判決は明に誤解と云わざるを得ない。

(ホ) 判決は更に第三の義務を要求している。それは本件の穿孔を命ずるに当り作業員に保安上必要な指示と注意とを与える事であり又穿孔作業中離れてはならない事である。判決には指示と注意とに付いて具体的な表示がないのでその内容を知る由はないが仮に判決の云う趣旨の如き指示等が本件の現場に於てそのまま行はれていなかつたとしても係員の命令によつて引続いて行われた作業員の現実の作業はもつとも適当に進行して居たのである。即ち伊地知甚三又は寺地末男の証言で明瞭の通り先山なる坂本は穿孔着手前落硬を取り払い鉢穴を確認し然る上孔中を点検して残留マイト無きを確認した上その孔尻より十糎と云う適当なる間隔を置いて旧孔方向と平向して穿孔して居るのである。然らば本件の場合かかる穿孔方法につき現実の指示監督なきに不拘平素の指揮よろしきを得た結果、結局正しい穿孔方法が施行されたと見る事が出来る。然りとすれば本件の場合被告人の結局現場に於ける特別の指示等を必要としなかつたものと解し得るのである。元来作業員に対する係員の保安上の指示乃至注意は何も作業の都度行はれる事を必要とするものではない。平素の教育で一般には充分であつて必要の都度現場に於て行はれて居るに過ぎない。平素の教育で充分と見れば現場で重複して行う必要がないのである。而して本件の場合先山に対する平素の教育が充分であればこそ先山は右の如く適当なる穿孔作業を施行したわけである。被告人は現場に常時付添つた上判決の云う如き指示をいちいち行う必要もなくその義務も毛頭有して得なかつたと解すべきである。

仍つて原判決は此点の認定も不当と云わざるを得ない。

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